高いところから降りてきました
愛山渓という大雪山系の山奥にこもってた小曽納(オソノ)さんが下界に下りてきました。水力発電用のダムの排水口にたまる落ち葉をすくいとりながら温泉を管理していて、冬季閉山にあたり下山しました。
うちのヨメは、オソノさんという名前から、「魔女の宅急便」のパン屋さんの、あのおなかの大きなマダム「オソノ」さんをイメージしていたらしく、勝手に女性だとおもいこんでました。男性です。小曽納滝雄さんです。
小曽納さんはモクセイオカリーナ研究所の代表です。くりんくらんでは、研究所の紹介文などの解説的なコンテンツはまだ準備段階ですが、先行して研究所の作品の販売を始めました。
小曽納さんにはこれまでくりんくらん実店舗の商品棚を作っていただいたり、くりんくらん次男タカシくんの大好きなピノキオの人形をつくっていただいたり、長い間お付き合いいただいています。スコッチ大好き、スズキJimny(2代目2サイクル限定)大好きオソノさんです。
僕が小曽納さんに初めて会ったのは、くりんくらん東大宮店の我妻ユリさんがまだ旭川にいた時代、ユリさんの当時の彼氏の友人という経路で知り合った、、、んだったかのう。えらい昔のことなんでおぼえてないべさ。10年くらい前だったとさ。鍋などつついて。とっぴんぱらりのぷう。
一体どういうひとなの
まだ終わりませんが、現在くりんくらんホームページの方に掲載されている小曽納さんの簡単なプロフィールをご紹介します。
1968年東京生まれ。
高校卒業後、ケーナとオカリーナを携え5年間国内旅行をする。
1993年、旭川職業訓練校木工科で家具製作を学ぶ。遊びで作ったオカリーナに魅せられて以来、独創的な作品づくりに没頭するあまり、次第に行程が増え量産不可能な「一品物」になる。現在、短期完成を模索中。
モクセイとカタカナなのが惑星のようで語感が良いとおもいませんか。オカリーナ。小曽納さんの家はかたるべの森の裏にあたるのですが、敷地内に池というか沼というかがあります。スズメバチもすごいです。上の写真は、昔々にとったもので、宮沢賢治を彷彿とさせる(本当は宮沢さんについては良く知らないのですが、そんなニュアンスで)ような、「カンパネルラ・・・とつぶやきながら池のほとりで佇んでいる彼」というタイトルの写真です。今つけましたが。実際お人柄もそのような感じ(ニュアンス)です。
どんなプロフェッショナルでも同様だと思いますが、木工の道もここでおしまいというゴールテープはありません。小曽納さんは、去年一つのブレークスルーを迎えて、オカリナづくりのある局面に開眼し、以前よりも作品の質・姿において一段レベルの高い品質の製品をつくれるようになり、より短い期間でクオリティを確保できるようになったとおっしゃっていました。以下の写真は、「涙型」と名付けられた直近のオカリーナ作品です。
オカリーナ涙型はまだくりんくらんでは販売していません。小曽納さんはプロトタイプとして手許においておきたいようなことをいっていましたが、皆に見せたいです。こっから交渉の範疇です。
作家としての矜持
知らない場所で家を買って整備して、作業環境を自分で整え、工具を買い、畑をつくって、日々の糊口をしのぎつつ作品をつくるというのは、甘ったれの自分には難しいことなので尊敬します。できないとおもいます。全部よくわからなくなって全体的にグダグダになったあげく誰かに泣きつくうっとおしい人間が目に浮かびます。まぁそれでもいいけど、となっちゃうのがダメなところで、実際全然よくないんでしょうね、寅さんじゃないんだから。失格。でも世の中には、自分が説明できる範囲で責任を負い、常に裸で風に吹かれつづけようとする男(もちろん女性も)がいます。そのことで「くりんくらん」は素朴に勇気づけられますし、応援したくなります。自分は何がほしいのかわからずデパートに行って、ものでもサービスでも買ったとたんにつまらない気分になることが多いですが、本当に消費すべきは小曽納さんのようなクリエーターがつくったものなんでしょう。
くりんくらんでは、今後もそのような方々を応援し、皆様に紹介しつづけたいと考えています。皆様のご協力・ご支援に感謝します。
では。
追記 @ 2009.11.22
小曽納さんへのインタビューを公開しました。


オカリナを見ると居ても立ってもいられない私。
涙型、吹いてみたいです。。。
>>季里さん
あきらです。コメントありがとうございます!
涙型、ちゃんとオソノさんにたのまなきゃですね。店主とオソノさんにプッシュしてみます。
「涙型」っていう名前がいいんだよなぁ。。誰が名づけた泪橋~って歌がありましたね。